Happy幸子ストーリー

 

北浜伝統ヨガスタジオ・ヨギマクロインストラクター・セラピスト・キールタン奏者Happy幸子。「本当の自分」「本当の夢、使命」に目醒めて、現在に至るまでのストーリー

北浜伝統ヨガスタジオ・ヨギマクロインストラクター・セラピスト・キールタン奏者Happy幸子のストーリー

 

とある、偉大なヨガのグル(師)は
こう言いました。

 

「ヨガを始めた人は、内なる旅を始めた人でもある」

 

人生の旅は誰もがひとり。
その道のりも一人ひとり違いますよね。
景色も、目指している行き先も。

 

旅の途中ではいろんなことが起こります。
道に迷ったり。ケガをしてしまったり。悩んだり。もちろん楽しいこと、感動すること嬉しいこともあります。
その中で、このでこぼこの道をどうやって歩いたらいいのか、つぎつぎと降りかかる問題をどうやって選択していくのか。

 

ヨガをしているしていないに限らず、人は生きているとどうしても自分と向き合わざるを得なくなりますよね。
むしろ、人生という旅を通じて自分と向き合っている人は、ヨガをしているとも言えます。

 

けれど「旅人」であって、けっしてストイックに突き詰める「求道者」ではないのです!

 

自由で、いつも新しい発見と喜びに満ちている。
そして、旅には正しいガイドが必需品。
これがなければ楽しさも半減どころか大損です!

 

Happy幸子は、その正しいガイドをある出会いによって手に入れました。
それは、ヨガと、宇宙の法則であるマクロビオティック。

 

闇も光も両方を受け入れて、すべてが輝く道を旅している、今。
ただそこに至るまでは紆余曲折。辛くて暗い道も通られました。

 

Happyさんが「本当の自分」「本当の夢、使命」に目醒めて、現在に至るまでのストーリー。
Happyさん自らお話しして下さいました。

 

一体そこにはどんな旅のストーリーがあったのでしょうか?

 

こんにちは。Happy幸子です。

Happy幸子

 

一人でも多くの女性に「本当の自分」で人生を謳歌してもらいたくて、北浜伝統ヨガスタジオの代表セラピスト、ヨガインストラクターとして活動をさせていただいています。

 

「本当の自分」って一体なんなのでしょうね?

 

分かるようで分からない。知っているようで知らない自分のこと。
シンプルなことのようで、難しい、本当の自分で生きるということ。

 

なぜ、人は本当の自分で生きにくくなっているの?人生における本当の成功と幸福を手に入れられないの?
その疑問の答え、そして「本当の自分」で生きることの大切さをお伝えするために、まずは私の話をさせてください。

 

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私、母に怒られたことがないんです。

いつも心配してくれて、優しかった母。でも母は働いていたし、お祈りの会なんかもやっていたからあんまり家にいなくて。だからいつも年の離れた二人の兄が迎えてくれたり。お兄ちゃんたちに守られてのびのびと育った私は、とにかくお兄ちゃんっ子でした。

 

最初の人生のターニングポイントは、小学6年生の時。

 

上の兄が事故に遭って入院したんです。大好きな兄が包帯だらけでぐったりして…ショックでした。そのとき、献身的な看護師さんを見た私は「看護師さんになれば、お兄ちゃんみたいな人の力になれるんや」と、思ったんです。自分の将来を意識した瞬間でした。

 

実は一度、父から看護師になるようにすすめられたことがあるんです。でも、その時の私は「なんで自分の将来のこと、勝手に決められなあかんねん!」って反発してたんですよね。

 

兄の事故をきっかけに、看護師になることを意識はしたものの、子供が好きで、保育士になる夢を選ぼうとしていました。それが、いざ具体的に進路を決める時期になったとたん、雷に打たれたように「やっぱり看護師になる!」と思いたって看護学校に進学しました。自分でも不思議ですが、そうなるようにしてなったのだと、今では思います。

 

高校を出て看護学校に通い、国家試験を受ける直前、上の兄が離婚し、家に戻って来ました。同じタイミングで父が入院し、余命3ヶ月という突然の宣告を受け、国家試験の2日後に亡くなりました。

 

父の死にどうしようもなく落ち込んでいるなか、夜逃げのような形で一時的に家族で逃げることになったんです。
何が起きたのか全くわかりませんでした。母の宗教がらみなのか、仕事がらみなのか。さらに兄の元妻が押し掛けて借金云々を言い出して。私には見えていなかった、家族の暗い部分が、一気に表れ始めたんです。

 

「お前は好き勝手生きてきたけどな、うちはホンマに大変やったんや」「お前のせいで俺はずっと苦労してきた」

「お前は、悪魔や」

 

兄から、そんなことを毎日のように言われるようになりました。

 

「お前は人を不幸にする人間や」「お前の旦那になる人は早死にする。かわいそうやな」と繰り返されるうち、いつしか私は、兄に「こいつ悪魔やねん」と言われると「そうなんです」と頷くようになっていました。
人を助けたいと思って看護師になったのに、大好きな兄を不幸にしてしまった・・・。私は、自分に「私は悪魔」というレッテルを貼ってしまいました。

 

そんな家族の問題があっても、仕事と人のご縁には恵まれてきました。看護師としては順調で、「もっと勉強したい、もっと技術を手に入れたい」と学ぶことにも貪欲でした。

 

ある時、患者さんの食事を下げました。
「ああ、新しく入ってきたんだな」と、その人の目を見た瞬間、時間の流れが変わりました。私と彼の周りの時間の、濃度と温度が変わりました。視線と視線を交わす。まるで映画のワンシーン。手はいつもどおりテキパキ動かしているのにスローモーションになったような感覚・・・。

 

彼とは、すぐに親しくなりました。けれど、好きになればなるほど、「お前は人を不幸にする」「お前の旦那は早死にする」兄の言葉が呪文のようにまとわりついて離れませんでした。それでも想いは膨れ上がり、とうとう彼を受け入れると、私は父の死以来、忘れていた本当の笑いを取り戻しました。初めて経験した、しあわせな恋愛でした。

 

彼の病気は、10万人に1人のガンでしたが、死に至ることはほとんどないと言われていました。早死にするなんて、兄の言葉は嘘だ!絶対に治ってほしい。そう思って、毎日毎日祈りましたが、しばらくして、彼はこの世を去りました。いい人を絵に描いたような彼が、滅多に死なないはずの病気で亡くなったのです。

 

私は、私の悪魔が彼を殺したとしか思えませんでした。
私は幸せになれない。大切な人を苦しめてしまう。
だからせめて、これからは罪を償うための人生を送ろう。

 

そうして私は「私は悪魔」というレッテルを自らさらに深く刻んでいきました。

 

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彼が亡くなってからは、仕事以外は引きこもって、ひたすら彼の死の理由を調べ、勉強しました。自分の中の悪魔以外にも説明がつくものなら知りたかったのです。

 

2年ほど調べ上げたその結果、今の西洋医学の治療法では治すことはできなかったという結論に至りました。看護師でも人を救えないなんて、このままではダメだ。私は悪魔やから、せめて人を癒やし、救う方法を知らないといけないと思いました。

 

もともと習っていたメディカルアロマ以外に、筋膜矯正のスクールに通い始めました。「人をもっと癒やすための技術が身につけたくて」と言う私に、先生は「まずは自分が癒やされてください」と言いました。

 

自分が癒される?まず自分?
「自分のために何かするなんて・・・そんなこと、考えていいんや!?」目からウロコがボロボロ落ちました。

 

先生に気に入られて、スクール卒業後は講師として先生の手伝いをさせてもらうことになりました。先生のサロンを手伝いながら自宅にサロンも開業。やっと人の役に立てる自分になれた・・・!そう思っていた矢先、先生の精神状態が不安定になり、突然、言われもない理由で講師の契約を解除されました。

 

「私が大好きになった人は、みんなおかしくなってしまう・・・」

ますます、私は自分が悪魔であるという確信を深めてしまいました。

 

仕事だけは順調だった私にとって、突然の解雇通告は仕事では初めての挫折でした。

 

追い討ちのように、亡くなった彼のあとに付き合った人に、突然振られました。
「自分の悪いところは全部改めようと努力して、せめて人の役に立ちたいという思いだけで頑張ってきたのに、これ以上何をせなあかんの・・・??」どん底まで行き詰って、自暴自棄に陥ってしまいました。

 

そんなとき、近くの商店街で、インド雑貨屋さんのチラシをもらって、そのまま吸い込まれるようにお店に入りました。一風変わった、かわいい雑貨や洋服がたくさん並んでいます。

 

「瞑想会をやっているので、体験してみませんか?」

そう誘われて、そのまま参加することにしたのですが、初めての瞑想体験は、さんざんでした。

 

まず、私は股関節が硬すぎてあぐらができなかったんです。それでもむりやり座ったものだから、足がシビれて、集中できるはずもなく、翌日は体調を崩してしまいました。

 

瞑想のよさなんてこれっぽっちも分からなかったのに、不思議なことに、私は何かにひかれるように、またそのお店へ瞑想に行ったんです。そして勧められるがままに、瞑想会の会員になりました。こうして突如、私の生活の中に「瞑想」が加わりました。

 

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ある日、瞑想会で声に出して読むように言われた「私は自分のことが大好きです」という一文。声にしたら涙があふれました。私は、私を好きになりたい!強い思いが湧いてきて、方法なんて見当がつかなかったけど、私は、とにかく自分を好きになろうと決めました。

 

そして、その雑貨屋さんで開かれていた「陰陽の法則」の勉強会にも参加しました。
それが、マクロビオティックと出逢いでした。

 

そのときの講師が、マダム・カーコ先生です。そのときからのご縁で、今では一緒にヨギマクロを伝えています。

 

 

それまで看護師として、食べ物のことを栄養学の観点からしか捉えてこなかったから、陰陽のエネルギーで食べ物を捉えるマクロビオティックの考え方は、新鮮で、目からウロコの連続でした。食べ物だけではなく、この世のすべての物事を陰陽でとらえ、360度すべてに光を当てるマクロビオティック。そこに盲点はありません。すべてが上手くいくしかない、宇宙の法則です。絶望のどん底だった私は、そこに希望の光を見ました。そして、マクロビオティックの食事を続けると、体調が目に見えてよくなり、「これを身につけたら、サロンのお客さまの役に立てるかも」と思い、のめり込んでいきました。

 

瞑想とマクロビオティックで、私はどんどん変わっていきました。

 

自分は今、何を感じて、何を望んでいるのか?瞑想をして自分に問いかけることを続けるうちに、どんどん自分の中が整理されてクリアになってくるのを実感しました。そして、絶望の淵で自暴自棄になっていた気持ちがどんどん気持ちが安定していきました。自分の本当の声に耳を傾けるだけで癒されることを知りました。

 

そんなふうに少しずつ霧が晴れていく中、今度はなんと、雑貨屋さん主催のインド・スピリチュアルツアーに誘われました。「良さそうなのは分かるけど、3週間も病院休まれへんし、お金ないし・・・」真っ先に浮かんだのはそんな行かない理由ばかりでした。

 

看護師も続けていましたが、正社員ではなかったので、仕事を休めばその分の収入はありません。自分のサロンのお客様にも迷惑がかかると思いました。そもそも、行く理由もメリット見つかりませんでした。しかもインドに行くための費用は、ちょうど全財産と同じくらい。どんなに考えても行かないのが妥当と思いました。

 

でも、それなのに私は行くことに決めたんです。その途端、インドへの道がパァーーっと開けたのです。
なぜか病院も簡単に休めました。お金もなんとかなりました。

 

私をつき動かしたのは、「何かはわからん。でも、何かがある気がする」「行かないといけない気がする」。ただ、その予感だけでした。微かな希望の光だけを頼りに、私はインドの地を踏んだのでした。

 

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初日から私は面食らいました。

「なんでゾウとラクダが道路歩いてんの!?」「なんで3車線の道路5列で走んの!?もっと車間取ろうよ!!」「カーチェイスやないんやから、そんな危ない走り方せんといて!!!」生きた心地がしないとは、まさにこのこと。こんな国に3週間もいるなんて・・・。帰りたい。でも、1人では帰れない。どうしよう。なんとかここで3週間生活しなければ・・・。

 

早速カルチャーショックに直面した私は、「私が日本人の自分にこだわってるから、受け入れられへんのかも。」そう考え直して、日本人の自分を捨て、目の前のインド人を、1人の人として見ようとしました。

 

すると、ものの見方がひっくり返りました。ものすごい運転をする運転手さんの運動神経、反射能力、判断力、度胸は、「ハンパない!!人間スペック高すぎる!!」。
とんでもないスピードで走るバイクに乗せられた、泣き声ひとつ上げない赤ちゃんは、「たくましい!!」。

 

日本人の常識に沿わないインド人は非常識。そういう見方を取り払うと、そこには生命力の塊のような、感情表現豊かな人たちがいました。そこからは感動の連続でした。心地よささえも感じてきました。

 

ネットも繋がらなかったので自分の心と感情と向き合うしかありません。
TVやネットに意識をそらすことが出来なかったから、心の動き、痛みを感じるしかなかったんです。
それが辛くて、そして心地よかったのです。
ある意味、逃げ場がなかったのです。

 

プージャという、神さまへの礼拝儀式もたくさんしてもらって、自然と神と現代がうまいこと混ざって存在していること感じました。インドの人は、人間の心と能力を失っていませんでした。

 

インドから帰ってきたとき、この気持ちを忘れたくないと書き込んだ言葉があります。

 

・いつも神様を意識する
・どんな小さな選択も真剣にする
・100%その場に存在する
・おかげ様でという感謝の気持ち
・インドのときの自分を思い出す
・自然に感じるそのままの私でいいよ

 

今でも思い出します。

 

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デリーで1泊して、向かった先はビハール州ブッダガヤの川向いにあるスジャータ村。

厳しい断食苦行のために死の淵をさまよっていたブッダに乳粥を差し出し、悟りへと導いた村娘スジャータが暮らした、小さくてのどかな農村です。

 

スジャータ村に着いた瞬間、ダムが崩壊したかのように急激に感情があふれ出しました。涙とともに溢れてきたのは愛のエネルギーでした。感情のコントロールが一切効かなくなって、頭がおかしくなったのではないかとも思いました。インドでは、それまで知らなかった自分がどんどん出てくると思いました。
いつもと全く違う環境で、ネットも繋がらず、私を知る人もいない、とにかく自由な世界がそこにはありました。

 

そして、宿泊先でスピリチュアルツアーの講師・中広行先生と出逢いました。

 

のちに私の恩師となる中先生は、ツアー中は周りに全く気を使わないでいいと言われました。無理に人と仲良くしないでいいし、つるむ必要もないとのことです。そして、常に自分の心を見つめて、振り返るようにとも言われました。分からないなりにも、私はそれを実践しようと試みました。そうすると、いつの間にか一切の感情がなくりました。「無」です。心が感じたまま、笑いたいなら笑おう。そうじゃなきゃ笑わない。そう決めたら、私は一切笑わなくなりました。そうです。私はいつもそれだけ嘘の笑顔をしていたのです。自分がいかに周りに気を使って生きていたのかを痛感しました。何にも心が動かなくなりましたが、不安に思うことはありませんでした。

 

数日後、ツアー参加者同士でマッサージをし合ったときのことでした。「とても楽になったよ。ありがとう!」そう言ってくれた相手の笑顔を見たとき、停止していた心臓がピクンと動いたのです。それは今までのように罪滅ぼしとか、せめて役に立たなければ、という思いとは無縁の、ただ純粋に嬉しい!という喜びの感情でした。

 

「これが本当の心の動きなんだ・・・!」

 

心が息を吹き返したあとは、まるで新しく生まれ変わったかのように素直で無邪気な私がいました。お金の不安や、周りに迷惑をかけているかもしれないという心配もきれいになくなりました。夜もぐっすり眠れました。

 

それもこれも、連日の中先生の講義で、今までの自分の思考をすべて覆されるようなヨギマクロ哲学を学び、自分の思考を塗り替えていったからこそでした。それまでの自分の思考を全否定することばかりで放心状態でしたが、気がつけば、いろんな頑なさを手放して自由になっている自分がいました。

 

もう1人の講師、中先生のご友人のタヌー・ヴァルマ博士からは、ヨガやマントラ、アーユルヴェーダを学びました。プージャという、ヒンズー教の神様への礼拝儀式もたくさんしてもらいましたし、今では私のライフワークとなっているインドの賛美歌「キールタン」の時間もありました。

 

それらのインドの智慧や伝統儀式との出逢いは衝撃的でした。
まず、タヌー・ヴァルマ博士の美しい歌声に体の底から感動して、マントラを唱えるのもただただ楽しくて、好き!!と思えました。プージャも間近で見たいな、と思ったらすぐに前に行って見たり。今まの私なら遠慮して、躊躇していたはずです。

 

インドの智慧や伝統儀は心と体を浄化してくれ、瞑想がしやすくなって、本当の自分の声を聞く助けになりました。そして、それを叶えてあげれるように行動出来るようになったのです。

 

何日目のことだったでしょうか。ブッダが悟りを開いたという菩提樹の下で瞑想をする機会がありました。足を組み、目を閉じ、呼吸を整えていると、体のなかを光が通るのがわかりました。涙がとめどなくこぼれてきました。「やっっっっとここに来れた。私はずっとここを求めていた」そんな気持ちが湧いてきて、これが本当の歓喜ということなのだろうと思いました。

 

そして、「私が私だと思い込んでいる私」ではない、忘れていた「本当の私」の自分を好きになる!という望みを叶えるため、インドに来たのだとわかりました。

私はずっと、「自分は悪魔だ」「まだ足りない」と自分に問題がある前提で生きていましたが、本当は何ひとつ欠けていなかったのです。

そのことに気づいた瞬間、私は目醒めました。

 

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私は、兄のことが大好きでした。だから、兄の言葉を否定するより、自分が悪魔だという、とんでもない発想を受け入れることを無意識に選んだのです。

 

今、別の角度から振り返ると、兄の言う“悪魔”という言葉は、私の自由さ、天真爛漫さを指したものだったことが、はっきりとわかります。それを私は母から受け継ぎました。兄はきっと世間の基準からすれば自由奔放で危なっかしい母の性分に苦労したのだと思います。そして、母にそっくりな私の自由さを、兄は心配したのだと思います。このまま社会に出たら人に迷惑をかけ、私自身も傷ついてしまう、という心配。同時に、母に苦労させられたという思いが私への攻撃に転じたのだと思います。

 

そして、もう少し丁寧に、自分の過去を振り返っていくと、母からヒステリックに怒鳴られた幼少期の記憶がよみがえってきました。母に怒られたことなどないと思っていたのに・・・。
今から思うと、物心つく前のある時、母の思いどおりに振る舞うことを始めたのだと思います。そして、私が母の思いどおりに動くようになったから、全く怒られなくなったのでしょう。兄が私を押さえ込むよりも、うんと先に母が私を押し込めていたのです。
そんな母も、自身の母と早くに死に別れ、娘との接し方がわからなかったのだと思います。自分の理想どおりに娘を育てることが、母なりの精いっぱいの愛だったのかもしれない・・・。

 

理屈を超えて、事実を超えて、私は何もかも許せました。

 

母も兄も私も未熟で、未熟な人間同士がそれぞれの未熟な愛で影響し合って。それが食い違って、傷つけ合って・・・そのすべてが愛おしく思えました。すべてに感謝が湧いてきました。それまでの出来事すべてを「よかった」と受け入れられました。

 

インドという土地で、中先生からヨギマクロ哲学を学び、今までの自分の思考を塗り替えられたおかげでわかったんです。
なぜ私の人生は行き詰ったのか?それはすべて、私が間違った自己認識をしていたからでした。自分で勝手に貼り付けていたレッテルはただの妄想で、まちがった自己洗脳だったことがわかりました。

本質の私は、人を幸せにするひと。だから私は幸子という名前なんやと、中先生は教えてくださいました。長年、なにが幸子やねん。悪魔やのに。そう思っていたのに・・・。

 

間違った自己認識とサヨナラして、本当の私で生きていくために、私は「Happy幸子」と名乗ることにしました。

 

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日本に戻った私は、15年続けた看護師の仕事を辞め、自宅サロンも閉めて、それまでのお客様と離れました。今まで積み上げてきたものを一旦、すべて捨てたんです。マントラを唱え、ヨガと瞑想、アーユルヴェーダとマクロビオティックの勉強を続け、自分自身を追及する日々に没頭しました。

 

それでも日本にいると、過去の自分に引き戻されそうになったりブレてしまうことが何度も訪れます。でもその度に、中先生からくり返し繰り返しご指導いただいたり、自分でも何度も意識を持ち直したりしながら新しい、本当の自分を確立していきました。

 

そして今、心と体と魂が一致することで完全にブレない強さを手に入れました。
人に幸せを与える「Happy幸子」になったのです。

 

世の中には、かつての私のように間違った自己認識を作り上げてしまっている女性が本当に多いことを感じます。頭の中がずっと不安、苦しみや怒り、悲しみに支配されていることほど、辛くて苦しいことはないと思います。その気持ちが私には痛いほどわかります。だから、そんな女性たちに、ヨギマクロを伝え、乖離している心と体と魂をもう一度1つにして、本当の自分の人生をスタートしてもらいたい、そう思いました。

 

そのために立ち上げたのが北浜伝統ヨガスタジオです。

 

ヨギマクロの実践であるアーユルヴェーダ・セラピー、キールタン、マントラ、プージャ、ヨガ、瞑想、マクロビオティックを通して、体と心を整え、誤った思考のクセを手放して、一人一人の本質を見つめるための空間を提供しています。

 

北浜という大阪経済の中心地を選んだ理由は、男性社会に身を投じて、自分を見失っている女性たちにこそ、女性としての自分を取り戻してほしかったからです。

 

最初に必要なのは、自分を押し殺すためのがんばりを捨てて、とことん癒されることです。コンプレックスや劣等感を埋めるための振る舞いや人の目を気にした言動を手離し、本当に信頼できる人に自分をさらけ出すこと、身をまかせることが、初めの一歩になります。

 

不本意な振る舞いをすべて手離せたとき、その人本来の個性、魅力、才能が現れてきます。
その「本当の自分」で生きられるようになったとき、男性社会に自分を埋没させるのではなく、男性に勝とうとするのでもなく、真の意味で男性と協力し、補いあって、持てる能力すべてを最大限に発揮できるようになります。

 

私は、すべての女性が、家庭環境や学校、一般常識、今まで飛びついてきたさまざまセミナー、自己啓発、コーチング、宗教などで作り上げてしまった間違った自己認識を塗り替えて、本当の道を見出せるようになってほしいと願っています。

 

私自身はインドに飛びこむことで本当の自分を取り戻しましたが、ただインドが特別だとか、瞑想やヨガがなければ変われない、ということを言いたいのではありません。一番大切なのことは、あなたがあなたの本当の声を聞いたとき、理屈を脇に置いて従うことです。本当のあなたは、いつだってあなたにメッセージを送っています。それは、なんでもないように見えるご縁、誰かのふとした言葉、通り掛かりの看板の文字だったりするかもしれません。それを「なんでもない」「する理由がない」と流すのではなくて、心に留めて行動に移すだけなんです。「自分が自分だと思い込んでいる自分」ではない「本当の自分」との出逢いは、その延長線上にあるのです。

 

誰しもが目醒め、悟りを得る可能性を有しています。
望む人生を生き、夢を叶える力があります

 

私の体験をお話しすることで、あなたの中で何かが目醒めたり、気持ちが少しでも楽になったり、私も変わろう!と一歩踏み出す勇気が出てくるかもしれない。そう願って、実体験を惜しみなくお話ししました。

 

本当の癒しを提供したい。全身で喜びを感じて欲しい。綺麗な景色を見て綺麗だと感じ、食を楽しんで、人を愛して、愛されて、人を育んで、生きてて良かった!そう瞳をキラキラと輝かせて、世の中良いもんなんだと感じて欲しい。特に女性として生まれてきた喜びを感じて欲しい。そして、人として人らしく死を迎えて欲しい。

 

そんな思いから、北浜伝統ヨガスタジオでは日本にいながら誰もが簡単に魂と心と体の調和を取り戻し、本当の自分に出逢うためのメニューをとりそろえています。

 

人生に希望もなく、絶望の淵にいた私はヨギマクロを通して本当の自分に出逢うことができました。本当の私でいるとその人の体を触るだけで、体の声、心の声が聞こえてきます。どうすればその人のためになるのかがわかります。

 

今、私は、ヨギマクロを軸として、これまでの私の経験を余すことなく活かしながら、この人生を存分に楽しんでいます!

 

体や心の不調、悩みは一人で抱えず、病院に頼る前に北浜伝統ヨガスタジオにいらして下さい。どんなご縁のある方々と出逢えるのだろう。どんな日々に出逢えるのだろうと、毎日ワクワクしております。

 

どうかあなたのお力になれますように。
心から願います。

 

Happy幸子

あなたがご自身のことを知りたいと少しでも思ったら、Happyさんに会いに来てください。
どんなあなたでも大丈夫です。
心の深い部分で安心感、居心地のよさを感じられるはずですよ。

 

本当の自分に出逢ってからが、本当の人生の旅の始まりです!

あなただけにしか歩けない旅路を思う存分、謳歌しましょう♪

 

(聞き手:Luckyナナ)